ハムのルーツ 音楽編 その2 ARB

2018.06.13 アリアファクトリーブログ

皆様こんにちは。工場のハムでございます。今回も私のルーツ的なミュージシャンの紹介、ARBでいってみたいと思います。

当時どの位好きだったかというと、自分の子供にボーカルの石橋凌から名前を貰って凌と名付けてしまう位。まあ今となっては、そんな理由で名前を付けられた子供は、たまったもんじゃないよなと思いますけど、同級生で同じように子供に凌と名付けたのがもう一人いるので、まあ当時好きな人にとってはヒーロー的な存在だったということです。

そんな理由で、本来なら第一回はパティ・スミスとか言ってないでARBにすべきだったんですが、ちょっとカッコつけちまいました。

中学の頃からARBの存在は知っていたのですが、その頃に聴いていたのはRCサクセションとかシーナ&ザ・ロケッツとかだった記憶。

その後暫く経って高校を卒業したあたり、東京の大学に進学した地元の同年代の人たちが溜まる場所がありまして。家主は「スガチャン」という同じ地元の東大生だったんですが、そこに行けば本人が居なくても誰かいて、時々居候がいたりそれが入れ替わったり、話し相手や麻雀のメンバーに困らなかったりと。まあ不思議な場所でした。

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(写真はBing画像より拝借)

そこでよく流れていたのがARBの曲で、上の写真の「砂丘1945年」が多かった記憶。スガチャンちに溜まっているうち曲は覚えてしまい、いつもそこにいる仲間でライブも行くようになり、自分でもCDを買って聴くようになったと。そんな流れです。

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自分で最初に買ったのは、「Rock over Japan」でした。もう数えきれない位の回数聴いているので、ケースはボロボロです。

その後、新譜だけでなく昔に遡ってCDを買い集め、多分発売されている全てを持っている筈なんですが、アルバムによって自分に合う合わないがハッキリ分かれますね。ARBはメンバー変更が物凄く多かったバンド故、ボーカルとドラムは最初から最後まで同じでも、他のメンバーも作曲するので時期により曲調が全然変わるからなんです。

初期の田中一郎がメンバーだった頃は、筋金入りのファンには怒られるかもしれませんが、いかにも前の世代、昔の日本のロックという印象で。

スガチャンちで流れてた斉藤光浩がメンバーだった中期は、彼が作る曲のちょっと悲しげなメロディーラインや、詩的という表現がピッタリなギターの音が、今でも一番しっくりきます。

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一番お気に入りのアルバム「WORK SONGS」。他のアルバムから曲を集めたミニアルバムみたいな感じ。

ARBの曲全般、かなり歌詞はメッセージ性が強く、労働者をテーマにした曲も多いです。メカニックとして働くようになり、ちょっと拗ねた歌詞の内容が、半人前でちょっと拗ねてた自分と共感する部分が多く、当時自分の車に同乗した人は、もれなくこのアルバムを爆音で聴かされるという、まあ今思えば押しつけがましいことしてました。

このアルバムの中で気に入っている曲のライブ版を、You tubeで見つけたので下に2曲貼ります。

うーん。斉藤ギター良いなあ。あまり動画は残っていないのが残念。

その後ギターが白浜久に変わってから、曲調はかつての日本の熱血バンドから変わって無国籍っぽくなり、メッセージ性は放送禁止の曲もある位で相変わらず強いなあ。という印象。

一番ライブに行ったのは白浜ギターの頃でしたが、斉藤ギター時代の曲は端折らず弾いてよと思うことしばしばでした。

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今でもたまに聴くのは、「WORK SONGS」以外ではこの辺り。

その後1990年頃に解散し、98年にまたメンバーが変わって再結成したのですが、解散後のブランクが長かったので以前のように興味が湧かなかったのと、何やら内部で揉めたのか、最後は石橋凌が脱退というグダグダな終わり方をしてしまい、再結成してからのCDも一応持ってるのですが何となく聴く気にならずで。

書いてて懐かしさと共に、30年前のイタい自分も思い出したりして。

まだまだこのシリーズは続くと思いますので、お付き合いの程、宜しくお願いいたします。懐かしさを共有できれば幸いです。

 

 

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