フェラーリ
F40

| 年式 | 1991年/平成3年 |
|---|---|
| 走行距離 | 26000km |
| 色 | ロッソコルサ |
| 車検 | 2年付 |
| 乗車定員 | 2 |
| 修復暦 | 無 |
| ミッション | MT |
| ハンドル | LHD |
| 車両 | 並行 |
| 駆動 | MR |
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| 年式 | 1991年/平成3年 |
|---|---|
| 走行距離 | 26000km |
| 色 | ロッソコルサ |
| 車検 | 2年付 |
| 乗車定員 | 2 |
| 修復暦 | 無 |
| ミッション | MT |
| ハンドル | LHD |
| 車両 | 並行 |
| 駆動 | MR |
コメント
NEEZマグネシウムAW(ノーマル有)ブレンボブレーキキット 消火器 ケーニッヒマフラー(ノーマル有) オールペイント(コーンズ)
装備情報
F40はフェラーリの創始者であるエンツォ・フェラーリがその生涯の最後に、同社の「そのままレースに出られる市販車」という車作りの基本理念を具現化した、歴代フェラーリ生産車の中でも根強い人気を誇る車種である。ボディデザインはピニンファリーナによるもの。
車体の基本構成こそ1960年代のフェラーリ製レーシングカー、あるいは従来の市販フェラーリと同様の楕円鋼管 チューブラーフレームによるスペースフレーム方式ではあったが、当時開発されたばかりの複合素材や構造部接着剤といった最新のマテリアルを組み合わせた半モノコック構造とし、高い剛性を得ている。
パワートレインはかつてグループB機構で争われていたWRCおよびレース参戦を目論んで発売されたコンペティションベースモデルの「288GTO」、およびその改良版「288GTO Evoluzione」から引継ぎ、改良を加えた強力なインタークーラー式ツインターボエンジン、F120A型を搭載している。実はこのエンジンはランチアのグループCカー「LC2」のデチューン版であり、ターボチャージャーは日本のIHI製である。
公称最高時速は324km/h。なお、公称最高時速が200mph(約320km/h)を初めて越した市販車である。
このクルマが持つ出力特性はまさにターボカーのそれ(いわゆるドッカン・ターボ)であり、パワーバンドに入ると同時に急激に立ち上がる強大なパワーには多くの腕に自信があるドライバー達をも悩ませた。
当時フェラーリのF1チームに在籍していたゲルハルト・ベルガーが車両開発を担当し、当時現役のF1ドライバーに、「雨の日には絶対に乗りたくない」とか、「雨の日にはガレージから出すな」と言わせたという逸話が残っている。
ボディタイプ 2ドアクーペ
変速機 5速MT
駆動方式 MR
全長 4430mm
全幅 1980mm
全高 1130mm
車両重量 1230kg
ステアリング位置 左
先代 288GTO
後継 F50
エンジンスペック
90度V8DOHC 32バルブ インタークーラー式ツインターボ
総排気量 2936cc
ボアxストローク 82.0x69.5mm
最高出力 478bhp/7,000rpm (ドイツ馬力のpsに換算すると約484ps)
トルク 58.8kg-m/4,000rpm.
日本にF40がお目見えしたのは1987年末である。新車価格は当時の日本のディーラー価格で4650万円。
発表当時、各国のフェラーリ正規ディーラーにオーダーが殺到する事態となり、日本では当時バブル経済の真っ只中にあったため、プレミアが付き、一時は2億5千万円で取引されたこともあった。日本のディーラーなどでは、F40以外の車種もまとめ買いし納車を早めるなどをしたため高くなったとも言われている。このように非常に高い価格で取引されたことから「走る不動産」とも呼ばれた(自動車は「動産」)。
当初発表された生産台数は350台ないし400台であったが、フェラーリは殺到するオーダーを鑑み、急遽F40を増産することで対応。結局1992年の生産終了までに1311台が生産された。日本の正規輸入車は59台、その内ストラダーレモデルが58台、コンペティツィオーネが1台となっている。
リサイクルについて
| ※自動車リサイクル法とは? 自動車リサイクル法とは、廃車になった使用済みのクルマから出る有用資源をリサイクルし、環境問題への対応を図るための法律として、2005年1月より施行されました。クルマを解体する際に回収や再利用の難しい、フロンやエアバッグ、シュレッダーダストなどを自動車メーカーが責任を持って回収することになり、その処理費用をユーザーが負担することになっています。 >>(財)自動車リサイクル促進センター |